| 1947年(昭和22年)9月28日、上磯郡木古内町生まれ。 国鉄社員を父に、二人兄弟の長男として木古内町の官舎で小学校2年まで育つ。 夏は木古内川で真っ黒になるまで泳ぎ、冬にはスキーなど雪とともに自然一杯の環境の下で幼少期を過ごす。 |
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父の転勤に伴い、函館市へ移住。 小学校時代(松風小学校卒業)は上新川町に住み、中島廉売近くの新川町三角グランドで野球に熱中。日が暮れるまで外で遊び回っていた。 |
| 中学1年生は中央中学校に通い、その後2年生からは港中学へ。 「学業はそこそこ。まじめでおとなしい生徒(同級生談話)」であった。 |
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函館東高校に進学し、ソフトテニス部に入部。 早弁を唯一の得意科目とし、スポーツに明け暮れる毎日。 |
| 「星雲の志」を胸に、1966年(昭和41年)函館市役所へ入庁。 総務課、職員厚生課、医療助成課などに勤務。 上司の信頼も厚く、同僚とは酒を飲み交わして友情を育み、職員のレクリエーション大会などで人をまとめ、リーダーシップを執るなど、その才能を発揮した。 自治労函館市職労組書記長(26歳)などを歴任。 「市民と職員の立場から地方自治確立運動」などユニークな労働運動を展開。 市嘱託臨時職員労組を結成。 |
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| 1979年、函館市議会議員に7,320票の史上最高得票で初当選(31歳)。 当選4回のうち連続3回トップ当選、市議会副議長など歴任。 情報公開条例の制定、議員定数削減などの行政改革、函館日ロ親善協会の結成などに尽力。 市民派議員として函館野外劇場など多くの市民運動に参加。 函館環境衛生労組、亀田清掃労組結成に参画。函館市消防職員協議会結成に参画。 |
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| 現住所:北海道函館市亀田本町1-15 本 籍:北海道函館市松川町35 家 族:妻・洋子 趣 味:ソフトテニス、手作り味噌・漬物をつくること 身 長:171cm 体 重:69kg 好きな食べ物:そば、カレーライス |
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